解脱(げだつ)
内角秀人

照男(てるお)が人道(じんどう)勉強会という宗教団体の存在を知ったのは、十八歳の春だった。当時新聞奨学生として、東京の新聞店で働きながら大学に通っていた。
富山市という日本海側の地方都市で生まれ育った照男はそれまで宗教とは無縁の人生を歩んできた。実家は町の小さな時計屋で、両親と妹の核家族で無信教だった。その両親の生家はいずれも富山市東部郊外の小作農で、生家には床の間に仏壇こそあったものの、お盆やお彼岸の時に手を合わせるぐらいで、信仰宗教など持っていなかった。それで特に生活するのに困ることはなかった。そうした環境下で、照男は高校卒業するまで育った。
大学進学時、新聞奨学生として東京の大学に進学すると言い出したのは、照男からだった。長引く不景気のせいもあり、業績不振の時計小売店では、大学の学資と東京での仕送りを賄うことはかなり困難な状況だった。それを察した照男は親から自立するという意味も含めて働きながら学ぶという道を選択したのであった。
上京当初、東京での生活は楽しかった。新聞店には同じ新聞奨学生として働きながら大学や予備校、専門学校に通う仲間がいて心強かった。慣れない都会の地でホームシックや孤独に悩まずに済んだ。
その中でも一つ上の先輩、コンピュータプログラマー養成の専門学校へ通っていた田上(たがみ)は非常に親しくしてくれた。寮として住んでいた古い安アパートの隣部屋同士だったこともあって、照男にとっては頼れる兄貴分だった。
「照男、今度紹介したい人がいるんだ。悪い人ではないよ。ちょっと一緒に付き合ってくれ」
そう誘われたのが、ゴールデンウィーク直前。三月下旬の大学が始まる前から働き出し、仕事に嫌気がさしてきていた頃のことだった。
誰を紹介してくれるというのだろう? もしや、彼女のいない照男にふさわしい異性とかか。照男は胸ときめかせていた。当日が来るのが待ち遠しかった。
その約束の日。照男は夕刊を配り終え、田上との簡単な夕食をすました後、夜二人で出かけた。
どこへいくのだろう? 酒でも飲みに行くのか。まだ未成年であったが、東京に来てから照男には飲酒の経験が幾度もあった。
二人で歩いて、着いた先は比較的新しいマンションの二階の角部屋だった。そこは照男の配達担当地区にあり、田上が来訪のチャイムを鳴らした部屋の住人は照男の配る新聞の購読者だった。
「いらっしゃい。お待ちしていましたよ」
人のよさそうな若奥さんが笑顔で出迎えてくれた。乳飲み児を胸に抱えている。集金の際、照男と顔を合わせているので、すでに顔馴染みだ。軽く会釈する。
「照男、遠慮なく上がらせてもらえ」
玄関先でまごついていた照男に、田上が声をかけた。靴を脱いで、奥へと進んでいく。遅れじと、照男も続いた。
廊下を奥へと進むと、つき当たりの左側が居間になっていた。十畳間。四畳半の照男の部屋の二倍以上はある広さだ。そこには四人の老若男女が思い思いに床に座り、談笑していた。皆にこやかに会釈してくる。思わず、照男も返した。
「まあ、おまえもそこに座れ」
照男は田上の指示に従った。腰掛けてみると、部屋の片隅に大きな仏壇があるのに気付いた。それはまるでこの部屋の主のように仰々しい存在感を示していた。照男は圧倒されていた。
「今日の主賓が来て、どうやら全員そろったようだね」