幻楼(げんろう)
むらい はくどう
蜉蝣(かげろう)のように透き通った美少女が全裸で目の前に立っている。外殻(がいかく)からして、歳の頃なら十代の半(なか)ばというところだ。
どこからどうやって侵入してきたのだろう。部屋の中には自分以外は誰もいないはずだ。透明で朧(おぼろ)げな肢体を見る。幻影を見ているのなら、自身が変態した生き物になっているのかもしれない。
地球上の人間の数が増え過ぎた。既に人口増加のピークは過ぎている。それでも地球上にいる一五〇億人の命を保持しなければならない。文明が進むにつれて、少子高齢化に行き着き、人口減少の流れとなる。いくつかの国々は、開発途上国だった頃から、人口増加は顕著で、その影響がまだ残っている。
畜産や養殖はどんなに効率を高めても、生産には甚大なエネルギーが必要となる。一部の人間にしか畜産食用肉や魚介類が渡らなくなった。命を繋ぐための穀物が人間の摂取カロリーとしては依然として多くを占める。植物を栽培するにしても耕作地に限りがあった。穀物を得るため、水と耕作地の争奪戦が繰り広げられ、膨大なエネルギーが浪費された。もちろん、代用肉にもなる植物由来の蛋白質原料としての豆類はある。ただ、その豆さえも全人類で均等に消費できなくなった。人口の増加で地球の温暖化は危機的状態となり、化石燃料の使用制限がなされ、水素が動力源として代替するようになった。
畜産や植物栽培だけでは、エネルギーを過剰に消費してしまう。超過する人口対策として生産効率が悪い。そこで、昆虫食が開発された。良質な蛋白質を得るためには昆虫を直接加工して、食用に転用した方が効率が良い。近年まで悲観的な状態であったが、昆虫食によって、ようやく窮状を脱する見込みがたった。いつの時代にも一定数のビーガンはいる。だが、全人類はそうならない。食料事情を考えると、大多数は昆虫食を選ばざるを得なかった。
透明な少女と交わりたいという衝動が身体を突き抜ける。対面する異性に対して全神経が集中する。同化したいと欲する何かが身体のどこからか発する。それは、培養されて増殖した欲求だった。
細胞を活性化するために性器の密着を試みる。互いの生殖器が連動して、末端まで神経が張り巡らされる。性交によって細胞組織が同調する。粘膜と皮膚細胞の接触によって、素粒子レベルで共振する。連綿と振幅することで、同期が繰り返され、結果として、突然変異を前提とした細胞分裂が誘発される。それらは、自分の意志の及ばないことでもある。思考の及ばない不条理事(ごと)が起こったとしても、奇妙な現象ではない。
目の前の透明な少女を食べたいという欲求が抑えられなくなっている。自身の性欲が不安定になっているのだが、自身の延命が最終目的であるかのように、回春化された食欲に取ってかわろうとしている。顔に口だけしかないような少女なら、感情を移入しないでいられる。自身に痛みの感覚がなくなりつつあるように、相手にも痛覚はないのだ。透き通った心臓の鼓動を見ていると、生命の同化が促されるようで、食欲に違和感を抱かなくなっている。
自身の掌を見ると、今のところ、普通に皮膚のある人間のままだ。だが、脳の中身まで今までと一緒とは限らない。毎日、昆虫食を食べていれば、自分が昆虫に類似した思考や身体になっていってもおかしくない。
こんな日が来るだろうという予兆があった。生存を続けるためには、あり得ないことではない。それは、不幸なことではないのかもしれない。
動物性蛋白質を直に細胞培養できるようになっても、