極楽図書館 池田良治
地上ではたいへん暮らしにくくなっているのであろう、最近極楽に来る人がめっきり減ってしまった。毎年極楽図書館では人手不足に悩まされている。
しかも本日は大江以外の職員はすべて休みをとっていて、館内はガランとしている。
大江司書が鼻くそをほじくっていると、カウンターの電話が鳴った。
ベルの間隔で極楽の内線か外線かがわかる。これは短い間隔のベル音だから、地獄か、浮遊霊からのものだろう。
「はい、こちら極楽図書館、調査相談課、大江です」
「あの〜、調べて欲しいことがあるのですけど・・・」
お爺さんの声だった。
「はい、どのようなことでしょう?」
「あの〜『ぶんしの自殺』について調べて欲しいのです」
「その〜『分子の自殺?』、もしかして『ぶんし』って文学者の『文士』のことですか」
「はい。そうだと思います」
「作家の名前とか、時代とか、具体的なところを教えてくださると調べやすいのですが・・・」
「兎に角よろしくお願いします」
「あの、すみません。お名前と連絡先をお伺いしたいのですが・・・」
電話はプツリと切れてしまった。まだ死んだことを意識していない、浮遊霊からに違いない。
極楽図書館というと、なじみがないかもしれないが、結構長い歴史がある。
本好きのローマの皇帝セネカが創立者で、いまでは、各宗派に図書館が設立されている。大江は浄土真宗だから、天界の極楽図書館に勤務している。
彼の友人のキリスト者はパラダイス図書館に勤務している。パラダイス図書館のほうが制服の格好がいい。しかも綺麗どころが集まっている。それにくらべて極楽図書館の制服はダサイ。なんといっても墨染めの僧衣を加工してチョッキにしているのはいただけない。しかも七人いる職員中、女は一人だけだ。その女も色気がない。しかし極楽でなんとか毎日勤務時間を過ごしていれば、生活は保障されているし、地獄よりはましだと思って、ぬるま湯にどっぷり漬かっている毎日である。
極楽図書館といっても地上の図書館とそんなに変わりはない。
本が分類してあり、バーコードが貼ってあり、分類番号の順に本が並んでいる。ただ違うのは、本の中に故人の作者が封印されているということだろうか。レファレンスのときは、本を取りに行って、本の封印を解いて、作者を呼び出し、聞けばいいのである。しかし地獄の住人の作者の場合は簡単にはいかない。自殺した作家となると、煉獄図書館に相互貸借を頼んだり、メールのやりとりをしたりして書類を作らなければならないので厄介である。
極楽というと、聞こえはいいが、冒頭にも書いたが、最近人が来ない。信仰心を持った若いやる気満々の人材がどこにもいない。というわけで、極楽図書館の事務仕事はいつも山積みにされている。百年前の本がまだ整理されていない。でも文句をいう利用者はいない。ここは極楽なのである。それでまあのんびりやっているのだが、最近人事異動で地上から館長がやってきて、スピードと効率、広報活動を重視する方針に変わりつつある。やれやれ。どこにいても楽な仕事はないものである。
しかも最近死んだことを理解していない、無理難題のレファレンスを依頼する人が増えてきて大変困っている。今回もそのような例だろうか。言いたいことだけ言って切ってしまう利用者が増えている。