卯辰の一本松
飯田 労
カット 後藤 必
玄関先のポストに朝刊を取りに出ると、黒塗りのリムジンが道を塞ぐようにして我が家の前に止まった。元来この辺りの地名を「沢蟹谷」と呼ぶように、卯辰山の流水が集まって作られた小さな谷合で、その細い流れに添って昔は卯辰山に登る道があった。その山裾にある僅かな土地に並んで家が建った土地柄だったから、舗装はされていても現在でも道幅は狭く曲がりくねり、場所によっては車の交差するにも困難な箇所は多々あった。
私はそのリムジンの大きさもさることながら、よくここまで登って来たものだと唖然として眺めていた。やがて運転席から制服制帽姿の男が降りてきた。私の前に立つとうやうやしく一礼し、失礼ですが卯野貴松様ですか、と表情を崩す事なく尋ねた。
「ええ、私です」
と答えると男は、しばらくお待ちを、と言って車に戻り、後部座席の窓を開けた何者かと話し、やがてそのドアを開けた。中から紋付袴の大きな腹を突き出した男が出てきた。私の前に近付くと、早朝に前触れもなくご無礼つかまつる、と長い白髪を後ろで束ねた頭を下げた。私も思わず頭を下げる。その眼前に一枚の名刺が出された。
「私はこういう者ですが」
受取り見ると「白山白雲斎」と名前だけが書かれてあった。
「はあ、はくさんはくうんさい、ですか」
「いえ、しらやまと読みますが、あっチョット失礼、忘れておりました」
そう言って名刺を再び引き取ると太い指先を舐め、その名刺の右端を擦った。文字が浮かび上がってきた。「白山流忍法集団第百十三代当主」と書かれてあった。
「はあ、しらやまりゅうにんぽうしゅうだん、ですか」
「いや、そこは『はくさん』と呼びます。そもそも白山の修験者と平家の落武者とが作り上げた忍者集団でして、その起源おおよそ」
朝早くから一体何の話し? と私は怪訝そうに白雲斎なる男を見詰めた。大柄の肥えた体からは、どうにも忍者のイメージは湧かなかった。
白雲斎はそんな私の表情を察したのか、実は今日お伺いしたのは、と急に話題を変えた。
「卯辰の一本松の事なのですが」
「はあ、卯辰の一本松ですか」
それは卯辰山の頂上に近い僅かばかりの平地に、崖に張り出すようにして伸びている松の事だった。その土地は代々卯野家所有の土地で、そこに植わった一本松は絶やす事なく受け継ぐように、と言う家訓まで伝わっている、と死に際の父の言葉でもあった。
ただ近頃は樹齢の為や松喰い虫の被害もあって、もはや枯れ死寸前だった。いくら昔からの家訓とはいえ、現代では松の木一本切り倒すにも相当の費用が掛かる。ましてや高さ七・八メートルはあろうかという大木、さらにはクレーンなどの重機も入らぬ地形。どうしたものかと気懸りの一つであった。私は、あるいはそういった業者の者かと油断なく白雲斎なる男の言葉を待った。
「あの卯辰の一本松は私共白山流忍法集団にとっては重要な松でして」
と急に声を落とすと、顔を近付けた。
「実は貴方の父君、卯野豊松殿は我が白山流忍法集団の第六三代草の者なのです」
「はあ、草の者ですか」
何の事かさっぱり理解出来なかった。