観音参り

                 寺本親平

 

 

 

            カット  後藤 必

 青白んだ未明の天地が、幽かな水の音を湛えて深閑としている。

 鏡花の領域である浅野川界隈へは筆を入れなかった吉田健一だが、料亭「つば甚(じん)」や忍者寺なる通り名で世に知られた妙立寺(みようりゆうじ)がある野町や寺町台へは筆も足も舌をも運んでいて、なにかと世話をしてくれる骨董屋と覚しき男や妙立寺の御坊は等とは、時と処を厭わず交遊していた感がある。どちらかと云えば、犀星の産まれ育った領分なので、心積もりとしては士分の趣が本分なのであろうか。

  金沢大学を卒業して何十年ぶりかで、かつて級友たちとよく通った新天地のなかのおでん屋を覗いてみれば、皺だらけの顔にむかしの面影をわずかに残している女将が、「おや、何と長いことぶりで……」とこちらの顔を見るなり、おしぼりと割箸をーっと出してくれたのには時が戻ったようで、余計なことを云わない女将の注いでくれる熱燗を黙って呑むことになった。

 店内の壁には福光美術館で開催中の、棟方志功特別企画展と大書されたポスターが貼られていた。よく目にする彩り鮮やかな女人の姿が描かれている。女将の好みは知っていたが、こちらはさほど興味はない。次の客が来たのを汐に其処を出て、酔客でごった返す片町をぬけて犀川大橋の上で風に吹かれた。

 広小路の交叉点をわたってふらりふらり歩いていくと、電線のごんごんと鳴る音に身体がぐらつく。川北病院の門柱に凭れて息を整えてから三間道へ折れていけば、蒲生八幡社の幟旗が通り風にはためいているのがちらちら目に入り、仄暗い広見まで進むとつむじ風が渦巻いていて、社を囲むように並んだ小さなうす赤い提灯が風に踊っていた。

 ひょろりと伸びた松の木の根方に爺さんが一人露天を拡げており、大小の水槽が裸電球の明かりに照らされて煌めいている。なかには小粒な安い和金に混じって、赤や白の琉金が尾鰭をゆったりと揺らしている。

 上半身裸でステテコの下だけ履いた爺さんは三尺ぐらいに縮んで見える。つるっぱげの頭に捻り鉢巻をし、赤むくれの顔面にはすぼんだ目と潰れた鼻とおっそろしくでかい口からざっくりとびだしている出歯が陣取っていた。見た目、まるで体毛が無い。

 こちらが研究所で日夜相手にしている、ハダカデバネズミそっくりだった。しゃがみ込んで、「爺さん、あんた歳はなんぼですかいな」と訊ねていた。

 しばらく間があって、「わしゃ、今年の春で、百と九歳になりましたちゃ」と擦れた濁声で応えた。

 やっぱり長命や。癌ぞにはならん、老化しにくい体質や。ほんで最期はぴんぴんころり。なんと、人間にもこういうのがいたとは驚いた。

「ほんで金魚一筋かいな」と訊ねれば、「ほうよ、十七の歳から金魚しか知らんがじゃ。こんな艶やかな可愛らしい女竜金と寐()れっりょになるまでに、云うにいわれん苦労したがじゃ」

 爺さんの物言いには、妙に明るい暗愁が籠っていた。

「残念ながら、こちとらは自分が研究しとる、あんさんとよう似たネズミとはまだ寐たこたぁない」と話を合わせた。

「そりゃ、なんちゅぅダラけなこっちゃ。ほのネズミの雌抱いてやらな、何もわからんやろがいと返してくる。

もっとも」と首をたれる。 

 いやはや、こちらの未熟さを痛罵された。「いくら美っしぅなった雌の竜金を寐床へ入れてやっても、すんに弱って死んでしもう。ほんでわしのほうが水槽にはいってやりゃ、こっちが冷えきってどうにもならん。結局ほどよい湯加減で相手になってくれるが育てるまでに、

んだけ死なしたかわからん」と来し方を