掌編
お庭に花を
飯田 労
妻がいつになくあらたまった口調で、お願いがあるんだけど、と言った。私は思わずかしこまった調子で、なんだい? と尋ねた。庭の木を切ってほしいの、と答えが返ってきた。
それは座敷に面した南側にある庭だった。ただ南側とは言っても回りは三方住宅に囲まれ、日当りは余り良いとは言えなかった。それでも亡き父は中央に三段ばかりに丸く枝を広げた五葉松を植え、大小の庭石を並べ、楓の下に小振りの灯篭を置き、悦に入っていた。
今妻が、切って、と言った松とは明らかにその五葉松の事だった。思いもよらぬ言葉に私は思わず、なぜ? と尋ね返した。妻は即座に、松だけでなくその他の木も。庭石は動かすの大変だから仕方ないけど、あの小さな灯篭も隅にやって、と続けた。私は怪訝そうに妻を見詰めた。どうにも納得のいく話しではなかった。今更一つの出来上がった日本式の庭園を一体どうしようというのだ。
「私、お庭に花を植えたいの。お花畑にしたいの」
その声が微かに上擦っていた。私は唖然と妻を見つめ直した。とても信じられない。何を考えているのか理解出来なかった。
父は毎朝五葉松を眺め、枝を剪定し不要な松葉を取り、下に竹など添えて枝振りを整え、毎日の水やりを欠かさなかった。父が亡くなるとその意志が母に乗り移ったものか、お父さんが大事にしていた物だから、と見様見真似で立ち向かった。当然私も手伝わされた。ただ松の姿は崩れていった。私はそんな庭に特別の興味もなかったが、それは生まれ育った中で当り前に見ていた庭の景色だった。ただ父の死後に嫁いできた妻にとっては感慨もない庭であったろう。
母が死んで初七日の法要が終わった日曜日の朝の事だった。妻がその日を選んだのは一つの区切りが済んだという単純な理由だったかも知れない。庭の木を切り、そこに花を植える、という思いはそれ以前から持っていたのだろう。思い起こした出来事が一つある。
三軒隣りの今迄空き地だった場所に新しい家が建ったのだ。道路に面した駐車場、白い外壁の建物、その