ただ、ただ……

深井 了

 

 

   ただ、ただ……。ただ、ただ……山道を歩いていたい。今は、六月。濃い緑が山を被っている。美しい……、いや、すばらしい……いや、いや、そんな言葉も、遠く離れている。緑なのだ。山を被う緑、その一本一本、時々、茶色の暗い色で幹が見える。そして、木々の一本一本の、また、一枝一枝、そして年とって老眼になったせいか、遠くの木々の一枚一枚の葉さえも見えてくる。その中を歩いていたい。そして、緑を感じていたい。それを自分の体の中に取り入れたい。木々の一枚一枚の葉から、何かが出ていて、それを吸い込みたい……一つになりたい……

 死んで極楽へ行く道があるなら、こんな道でいいと思う。金銀宝石、そんなものは、まったく……美しい装飾、イラだってしまう……美しい女神、乙姫様……まぶしすぎる……蓮の花くらいは咲いていてもいい。

 

 少し前まではうつぎのピンク色がきれいだった。その後山ぼうしが白い花をところどころに咲かせていた。それも、もう終わりつつある。花びらの部分部分が灰色になって、折れまがって、垂れ下がっている。……それは、それで……最近の栗の花だ。細長い、薄菫色の線のような花が何本も束になって、それが木全体を被っている。しかし、あまり目立たない。山全体の中に溶け込んだ色だ……

 

 無宗教で死後の世界など信じていないが、死んで後、どこかへ歩いていく道を想像することはできる。こんな山道ではない。夢の中を同じ灰色と、暗い黒色の影だけの世界だ。山道のように、ゲツゴツして、時々岩があったりするが、緑はない。時々、道端に、人の影は見えるが、それはほんとうに影だけだ。人の形をしたより暗い、黒い影だけだ、確かに、そんな世界、道も、自分の心が、静かに……それでいいのだ……。

 

 時々、気が遠くなるような感覚に包まれる。いや、ずっとそうだ。そう言っていい。これが年いったことの感覚だと思われる。そんな時、山道へ出かける。山道がそのまま自分の気持ちになる。

 「死にたい」と出る時がある。決して、心からの言葉ではない。ただの一人言だ。死に対する恐怖もないわけではない。死そのものではなく、死ぬまでの過程の苦しみ、痛みを思うと、やはり、死にたくない気持