二人の話
藤野 繁
佐伯繁留(しげる)は広告営業マンとして四十数年、夥(おびただ)しい数にのぼる人間を見てきた。
その中の二人について話をしていこう。
二人とも男性だが、共通点があった。手首から先だけが女性そのものなのである。
女性のようにすらりとした手をしている男は、いわゆる「女たらし」とどこかで聞いたことがあるが、真偽は定かではない。
体つきは二人とも身長百七十センチ前後、体重七十キロ程で、普通の紳士である。
一人は、パチンコチェーンの広告担当、Y企画課長である。今はもう七十歳近くと思うが、繁留が出会ったころは、四十代半ばであった。
富山県内で四十店舗ある店の、新聞広告、テレビCM、折込チラシや装飾看板などを部下二人に指示しながら、テキパキ仕事を進めていた。
初めて名刺交換した日、繁留はビクッとした。鍛えた体つきとはあまりにも対照的なすらりとした手を見て「義手」だと思ったからだ。
初めての挨拶ながらY課長は、饒舌にしゃべり始めた。
「佐伯さん、私はね、ルネス金沢の広告部長を務めていた。個室と自分の身が隠れるほどの高い黒皮張りの椅子を与えられ、有頂天で仕事をしていた。年間五億円以上の広告を使っていたからね。
でもね。会社が苦しくなったことはすぐに察知できた。施設が痛んでも放置するようになる。人間と同じで、だんだん錆びていく会社は危ないと思った方がいい。
まして夢を売るレジャーの会社だもん。俺はすぐにSグループに転職したよ。
俺は広告宣伝力のチカラを改めて知ったね。潰れたといってもルネスの広告部長で通る。一発で決まっての採用になったんだ」
繁留がSグループへ何度か訪問し、仕事の流れもようやく軌道に乗り始めたころ、Y課長は仕事の話もそこそこに、繁留と二人で飲みに行こう、とやんわり誘ってきた。繁留の前任の柳原(やなぎはら)から「Y課長はとんでもない男だ。あの飲み方は素人ではない。佐伯さん気を付けなさい」との申し送りが頭をよぎった。
繁留は担当となって一か月も経たぬうちに、Y課長と二度飲みに行き、二次会、三次会、その次と、朝方まで付き合わされて、一銭も負担して貰えぬまま一晩で十五万、二回で三十万の散財をする羽目になった。
コツコツと貯めていた労金の積立金をごそっと下ろしたとき、もうY課長と付き合えない、と思った。
Y課長は繁留の態度を察したのか、今度は繁留の背後にいるメディア社、つまり新聞社やテレビ局の担当に声を掛けた。ところが彼らは用心深く、一対一では飲みに行かなかった。代理店担当の繁留を必ず「かませる」のである。
繁留は出来るだけ機嫌を損ねず、メディア社と負担を分け合う形で、二か月に一回程度はY課長と飲みに出掛けた。五年間の担当のうち、出費した数百万円は手痛かったが、Sグループは年間三億円の大スポンサーである。
極端な話、それ以外は何もしなくとも、会社は何も言わない。それを守っていくのが繁留の役目なのだ。良い勉強をさせてもらった、とY課長に感謝する気持ちになった。
機嫌さえ損なわなければ、年三億の広告取扱は入ってくる。毎日毎日汗だくになりながらも一万、二万と細かい数字を積み上げている営業マンから見れば、ある意味、天国である。
ところが異変は起こった。