ぐにゃぐにょ
寺本親平
子供の頃、とは云っても小学四年か、五年くらいだったと思うのですが、山腹の我が部落には、東西南北、端から端まで生活臭というものが微かですが漂うていました。
まずはどの家々からも糞尿の臭(にお)いが漏れでてきているのです。それぞれの家の食習慣の違いによってそのうんこの臭いは異なり、互いに自らの家風を知らしめあっている感もありましたが、僅かに異なる臭気がその日の風向きや気温によって混ざりあい重なりあうと、村全体の象徴的な臭いとなり、屋号乃至隠語のような村名が定まるというわけです。
当然四季によって臭気に差は出ます。また嫁にくる女や出ていく男たちによっても同じことが云えるのです。総じて脂漏性の者は男女にかかわらず、足や脇はいかほどか臭(くさ)いのが普通ですが、屎尿のほうはと云えば、その臭さに微妙な違いがあると想われます。
我が部落の者なら、昔からどこそこの誰の家のにおいだとすぐにわかるのですが、食べ物の種類や量まで知られ、貧富の差が顕わになると、代々に亘って差別化が始まるのは世の習いです。屎尿のにおいも猫の排泄物に負けず劣らず鼻のもげるものもあれば、仄かな薫りが籠もっているものまで千差万別であります。若い女の裾腋臭(すそわきが)ならば、微かに匂ってくる分にはそれを好む男衆も随分といると想われます。蓼喰う虫も好き好きと云うが如くにです。ですが我が部落の者は、老若男女を問わず、そうした都市生活者たちの臭(にお)いとはかなり異なり、低いにおいの数値しか出ないのは、永い年月の良質な野菜中心の食生活のおかげかと想われます。少数の、猪や熊の肉中心の山家(やまが)のヒトたちのことはよく分かりませんが……。
かつて京都の饂飩屋へ五年ほど修行に出ていたことがあり、主人の言い付けで白人の女性のお供をしてタクシーに同乗することがありました。乗りこんだとたんに息が出来ないほどの体臭に閉口しました。
咳きこみそうになるのを必至に堪えていたのですが、全身の毛穴という毛穴からあくどい体臭が滲みでている、その女の一生を慮っている己(おのれ)を変だと訝りつつも、とにかく世界一気の毒な女だろうと、生涯一回切りであろう稀有な体験にもかかわらず、相手のことばかり考えている自分がいました。
蓼喰う虫のなかにも、こういうのを好む者もいるのだろうか、否、決していないと断言してよいと思うほどでありました。その女の後に便所へ入るのは、煉獄へ堕ちるようなものでしかないだろうと確信致しました。
因みにこちらはと云えば、勿論都会の人たちとくらべれば、脇も股もそれなりに臭(くさ)いほうであっても大したこともなく、特別匂いに過敏な女でない限りは気にすることはないと思っております。のんびりと何事にも拘りの少ない女は丁度都合がよくて、直ぐにこちらの脂性に馴染んでくれるからであります。
幼少の頃の我が家の厠は母屋のすぐ外にあり、巨きな樽に二枚の厚い樫の板が渡してあり、その上に跨がって用を足するのです。一人の時は晴れやかな気分で出来るのですが、家人の誰かが後ろに跨がってくるとなれば、初めのうちは、尻の穴がこそばゆくなりました。祖父や父母や妹がやってきて、家族全員が一緒に息むことになれば、屎尿が噴出される音や響きでそれぞれのお腹の具合が分かろうというものであります。ですが、概ね誰がどこに跨がるかは決まっております。もし誰か部外者が、引き戸代わりにぶら下がった二枚の蓆(むしろ)の隙間から、なかを覗いたとしたら、その壮観な凄まじい用足し状態に度肝をぬかれ、その場で自分も小便を漏らしてしまい兼ねないほど、傍目には異様なその景に度肝をぬかれること間違いなしです。