ある強打者
               
 この日はからりと晴れ、秋にしては暑いくらいの気温となった。
 十月九日。日本プロ野球のパシフィックリーグに属している千葉ジャガーズは今シーズンの最終戦を仙台で迎えていた。すでにペナントレースにおける各チームの順位は決定していた。千葉ジャガーズは、六チーム中、今年もBクラスの五位に甘んじることとなった。
 優勝した埼玉コンドルズに比べ、千葉ジャガーズの戦力不足は明らかだった。特に打撃陣が酷(ひど)かった。二桁(ふたけた)ホームランを打ったのが主に四番を務めた上井(うわい)だけで、長打力が圧倒的に乏しかった。期待の外国人選手ミゲルも日本野球に適応できず、空振りを繰り返すばかりで、シーズン途中に帰国していた。長打力不足を補うために機動力に活路を見出す戦いぶりを見せたが、シーズンが進むにつれて相手バッテリーに警戒され、足による攻撃は封じられるようになっていった。千葉ジャガーズのラインナップには、三割バッターもいなかった。また、投手陣もパッとせず、二桁勝利を挙げたのがただ一人という有様だった。
 そんな千葉ジャガーズにあって、ファンの注目の的は笠松(かさまつ)雄(ゆう)二()が通算二千本安打を達成できるかどうかという点だけだった。
 笠松は今年プロ生活二十二年目の千葉ジャガーズ生え抜きベテラン内野手だ。かつて本塁打王一回、三年連続三十本本塁打を記録したこともある千葉ジャガーズきってのスター選手であった。
 が、近年体力的な衰えが目立ち、故障がちになり、往年の打撃力は影を潜めていた。二桁本塁打を打ったのも五年前が最後になり、ここ二、三年はいずれの年も本塁打数が三本以下になっていた。
「笠松も、いよいよか…」
 関係者から、引退の二文字が囁(ささや)かれ始めたこの年の春先、笠松は報道陣の前で言った。
「今年いっぱいで身を引きます」
 開幕直後の異例の宣言だった。普通はシーズン終幕間際に発せられる言葉であった。報道陣は色めき立った。
「笠松さん、何故今の時期に発表したのですか?」
 新聞記者の一人が尋ねた。
「低迷するチームのカンフル剤になれば、と思ったからです」
 千葉ジャガーズは弱体球団であった。ここ十年間優勝はおろか、Aクラス入りしたことがなかった。まるで、笠松の衰えに同調するかのようであった。笠松は主力選手の一人として、責任を痛感しているようだった。
 野球は団体競技だ。たとえ優れた個人アスリートがいても、チームが勝たなければその輝きは色あせてしまう。
 笠松は勝ちたかった。その長い選手生活において、二度日本一になったことがあった。だが、その二度ともペナントレースでは優勝を逃し、クライマックスシリーズを勝ち上がっての栄誉だった。笠松はペナントレースを制してのリーグ優勝を願っていた。年若いチームメイトとビールかけがしたかった。それが現役生活の最後の望みと言えた。
 ただ、そんな笠松の胸中とは裏腹に、周囲の関心は個人打撃成績ばかりに集中した。
「通算二千本安打まで、あと少しと迫ってシーズンを迎えられたのですが」
 そんな質問にはうんざりしていた。
「チームの勝利の為、ベストを尽くすだけです」
 笠松は決まって口にしていた。
「今シーズン限りで引退されるというわけですが、もし二千本安打に到達できなくてもバットを置く所存ですか?」
 意地悪な質問も飛んできた。
「今シーズン限りで引退する気持ちは変わりません」
 きっぱり言い切っていた。
 通算二千本安打を記録すれば、『栄光会』への入会が許される。『栄光会』はプロ野球選手が生涯において、投手ならば通算二百勝、もしくは通算二百五十セーブ、打者ならば通算二千本安打を記録すれば入会できる、名誉ある会だ。会員は一流、いや、超一流選手の証しとして、選手ならば誰もが憧れる集団だった。長い日本プロ野球の歴史の中でも入会を許された者は、投手十六人、打者四十九人の計六十五人しかいない。
 笠松は昨シーズンまで通算千九百六十二本の安打を記録していた。二千本まで、あと三十八本だ。記録を意識していないと言えば嘘になる。勿論二千本安打を記録して、『栄光会』に入会したい。だが、それよりもチームの勝利を欲していた。そのための労を惜しむ気はなかった。現役生活の集大成として、今シーズンのチームの躍進の一片になろうとしていた。
 開幕して、千葉ジャガーズは一進一退を繰り返した。
「笠松さんの花道を、ぜひ優勝で飾ろう」
 笠松の引退宣言は明らかにチームメイトの発奮材料となっていた。が、いかんせん、チームの地力が不足していた。他チームとメンタルな面だけでは埋めきれない格差があった。
セリーグとの交流戦終了までは何とか勝率五割をキープしていたものの、温度計が上がる七月あたりからジリジリと順位が後退していった。ここ数年同じ傾向を示していたが、今年もそれは解消されていなかった。いつしか、Bクラスが指定席になった。
 その間、笠松はニ十本の安打を記録していた。近年代打での起用が多くなっていたが、今年は開幕してから怪我人が続出したこともあり、先発出場することもあった。主に指名打者としてだったが、ファーストの守備に就くこともあった。引退間際の笠松を先発出場させなければならないということはチームの苦しい台所事情を物語っていたが、おかげで笠松は例年より多く打席に立つことができた。
 笠松の昨年の安打数は三十本だった。残り三十八本で迎えた今年、記録達成できるかどうか微妙なところだった。それだけ、ファンや関係者をやきもきさせた。
「果たして、笠松は達成できるかどうか」
 笠松は以前は長距離バッターであった。本塁打の魅力があったが、反面三振や凡打も多く、打率が低くて、安打数はそれほど多くはなかった。
「一発長打を狙う」
 笠松はそれが自分の持ち味、自分の打撃だと自負していた。勝負を決める一打、流れを変える一打を打つことに生きがいを求めていた。それがチームの勝利に直結すると信じていた。通算本塁打数は四百本を優に超えていた。ただ、ここ最近長打が打てなくなってくると、しばしば献身的なチームバッティングを見せるようになった。その時その時の自分の状態に応じた貢献をチームに果たしていた。
 バッターとしての『栄光会』有資格者は、あくまで安打数であった。単打であろうが長打であろうが、安打は一本として数えられる。若かりし頃あくまでヒット数を重ねるバッティングをしていれば、笠松はとっくに『栄光会』入りしていただろう。左打者ながら足もそれほど速くなかったので、内野安打もそれほど多くなかった。
 通算二千本安打達成が危ぶまれていた笠松であったが、シーズン後半も安打を積み重ね、残り三本で十月を迎えた。すでにペナントレースの趨勢は決していた。千葉ジャガーズの十年連続のBクラスも決定していた。今シーズンもあと五試合を残すのみとなった。
「笠松の二千本安打達成を後押しする」
 監督の幸田(こうだ)は明言した。消化試合が続くこの時期、チームの明るい話題はそれしかなかった。
 十月一日の試合で一本打ち、あと二本。翌日でも安打を打ち、あと一本になった。残り三試合で一本。さあ、記録達成なるか。
 幸田は笠松の名前をスターティングメンバーに書き記し続けた。十月五日の試合では安打が出ず、ファンは落胆した。翌六日、千葉ジャガーズの今シーズン本拠地最終戦、この日決めて欲しい、という誰しもが願っていたが、快音は聞かれなかった。笠松はプレッシャーからか、少し身体が硬くなっているようだった。二十五年目の大ベテランでもそんな状態だった。そして今日、今シーズン最終戦を迎えていた。
 笠松は地元千葉県千葉市の生まれ。小中高と地元の学校に進んだ。高校は甲子園でも優勝経験のある強豪校で、そこで笠松はサウスポーエースとして活躍した。在学中に惜しくも甲子園出場は叶えられなかったが、その実力が評価され、ドラフト7位で千葉ジャガーズに指名された。指名選手全体の殿で名前が呼ばれた。それでも嬉しかった。投手としての入団だった。背番号は、70。コーチの番号みたいで恥ずかしかった。
 入団して、すぐ左肘を痛めたこともあり、打撃センスを当時の二軍打撃コーチに高く買われ、内野手に転向した。それから猛練習の日々が始まった。笠松は遠くに飛ばすことに秀でており、それに磨きをかけることにした。
 入団して四年目の秋、初めて一軍に呼ばれ、試合に出場した。初打席は三球三振。手も足も出なかった。初安打は十一打席目。右中間を破る二塁打だった。同時に初打点も記録した。
 翌シーズンの開幕戦。スターティングメンバーに笠松の名前があった。ガチガチに緊張した覚えがある。この試合、五打数無安打だった。最終打席はサードゴロ。楽々アウトだったが、一塁へヘッドスライディングした。観客からは失笑が漏れた。でも、使ってくれた首脳陣の為に何かしたかった。次の日の試合でプロ初本塁打を打った。
 この年から、レギュラーメンバーとして活躍し出した。本塁打が頻繁に飛び出すようになった。七年目、背番号が一桁の9に変わった。チームの笠松に対する期待の大きさを物語っていた。この年、三十八本本塁打を打ち、タイトルを獲得、八年目、九年目と三十本本塁打を記録し、一億円プレーヤーになった。笠松の打撃には、目を瞠(みは)るものがあった。きちんとミートした時には、美しい放物線を描いて打球がスタンドインしていた。また、地元千葉市の出身ということで、その人気は絶大であった。グッズの売り上げは常にチームトップをキープしていた。個人成績のみならず、十一年目にはシーズン二位からクライマックスシリーズ、日本シリーズを勝ち抜き、念願のチーム日本一の立役者になった。十四年目にもシーズン三位からチームを日本一に導いていた。
 名実とも兼ね備えたプレーヤーになった笠松だったが、その分努力を怠らなかった。夜中の素振りは欠かさず、バットを手にしたまま寝ていた。深夜の室内練習場で呻き声が聞こえる、といった都市伝説がチーム内に囁かれたことがあったが、その声の主が笠松だった。誰もいない所で、人知れずウエイトトレーニングをしていたのであった。
 食事や睡眠にも気を配り、自己投資を惜しまなかった。だからこそ二十二年という長い間、第一線で戦ってこられたのだ。
そしてこの日、試合開始二時間前の今、笠松はマッサージ室にいた。トレーナーの庄司(しょうじ)に身体をほぐしてもらっていた。
「こうしてマッサージするのも今日で最後か」
 笠松より五歳年下の庄司が簡易ベッドにうつ伏せで横たわる笠松に話しかけた。ため息交じりの口調である。
「しんみりするなよ」
 笠松が応じた。今日という日も今までと同じ気持ちで過ごそう。心に決めていた。
「辞めた後、どうするか決めたのですか?」
「いや、まだ決めてない」
「笠松さんぐらいだったら、引く手あまただろうなあ」
 引退後の身の振り方について、確かに笠松にはいくつものオファーがあった。球団から打撃コーチ就任の打診もあったし、テレビ局や新聞社から解説者にならないかという声もかかった。それらの返事を、笠松は最終戦が終わるまで待って欲しいと態度を保留していた。
 また、笠松の引退に伴って、球団は本拠地最終戦を引退試合にと企画したが、笠松は固辞した。シーズン最終戦となる今日のビジターゲームにも出場したいがためである。
「それにしてもこの身体で良く持ったねえ。ボロボロじゃないか」
「おまえの手入れが行き届いているからさ。今日も念入りに頼む」
試合前のこの時間、庄司にマッサージしてもらうのが笠松にとって、日課となっていた。
庄司の言う通りだった。笠松の身体はあちこち悲鳴を上げていた。ここまで現役で元気にプレーできたのは庄司の行なう献身的なマッサージの力が大きかった。大変心地良かった。身体はおろか、心まで癒やしてくれていた。受けながら、気づくと転寝(うたたね)をしていたことが度々あった。庄司の為にも、記録は達成したい。けれども、と笠松は自分自身に再確認する。あくまでチームの勝利のために戦うということを。勝利に貢献する安打であれば言うことないが、たとえ安打を打てなくても犠打や犠飛、進塁打で貢献できれば。あるいは四球を選んでもいいとさえ思っていた。
今日の試合はチームの順位が決まった後の消化試合にすぎない。それでも笠松の勝利に対する意欲は失われていなかった。個人成績の話は二の次だ。
 マッサージを約一時間受けた。笠松は庄司に礼を言い、部屋を出た。すでにユニフォームには着替えている。薄暗い通路を進み、ダグアウトに出た。報道陣が待ち受けていた。カメラのシャッターがしきりと瞬(またた)く。笠松を中心に、輪ができた。
「笠松さん、いよいよ今シーズン最終戦ですが…」
 笠松はいつも通りやりますよ、と言ってグラウンドに飛び出した。チームメイトが待つ外野へと向かう。
「笠松さん、遅いですよ。今日の主役が来ないと始まりませんよ」
 一番仲が良い井田(いだ)が茶化すように笑顔で声をかけてくる。笠松の十二年後輩になる外野手だ。
笠松は悪い悪いと笑顔で謝りながら、アップしようとしている皆の輪に加わった。こうするのも。今日で最後か。少し感傷的になった。それからチームメイトと同じ動きに取り組んだ。
 平日のナイトゲームに関わらず、この日の客足は早く、すでに満席状態であった。笠松の最後の勇姿を見ようと、はるばる千葉から駆け付けたファンも多かった。熱気が東北特有の肌寒さを凌駕していた。ありがたいことだ。笠松は次々に詰めかける観客を見て、心の中で感謝した。その中には笠松の家族もいる。最後の雄姿を届けたかった。
 両チームのスターティングメンバーが発表された。
「六番、指名打者、笠松」
 そのアナウンス時、ひと際大きな歓声が上がった。敵チームの応援席からも上がった。
 照明はすでに点灯されており、グラウンドも綺麗に整備された。試合開始までのひと時。この時間が笠松はたまらなく好きだった。今日はどんなプレーが繰り広げられるか、どんなゲーム展開になるか、そしてどんな決着がつくのか。考えただけで、わくわくした。その気持ちは二十二年変わらなかった。何千試合経験しようともぶれることはなかった。
 国歌斉唱。そして、ホームチームの敵東北マイケルズのナインが守備に散った。試合開始。千葉ジャガーズの一番バッターがバッターボックスに入った。始まったな。笠松は静かに戦況を見守った。
 東北マイケルズの先発ピッチャーは、進境著しい高卒二年目の大型右腕橋(はし)永(なが)だ。今シーズン五勝を挙げており、来シーズンに期待が持てる若手の一人だ。東北マイケルズは今シーズン投打ともに精彩を欠き、最下位に沈んでいたが、今日は本拠地での今シーズン最終戦ということで、負けられない一戦となっていた。
 一回表、千葉ジャガーズ、三者凡退。橋永にきっちり抑えられた。調子良さそうだ。これは手こずるかな。この回の敵先発投手の出来を見て、笠松は思った。
 一回裏、今度は千葉ジャガーズのナインが守備に就いた。先発投手はこちらも若手、高卒三年目の右腕花田(はなだ)。橋永に負けじと、重いストレートを投げ込む。この回を、三者三振に斬って取った。両若手投手の無難な立ち上がりから、投手戦になる様子を呈していた。次の回に打順が回ってくる笠松は、ゆっくりと準備をし始めた。
 二回表、ツーアウトランナー無しで、この日最初の打席が回ってきた。拍手が起きた。いつものルーティーンをこなし、左バッターボックスに入った。橋永と対峙する。構えた。
 一球目。外角低めのストレート。見送った。
「ストライク」
 橋永の球は走っている。
 二球目。これまた外角へ力のあるストレート。笠松、これに手を出した。打球は力なく三塁側のファールグラウンドへ。東北マイケルズのサード佐田(さだ)、難なくキャッチ。笠松の第一打席が終わった。観客席から、溜め息が洩れた。
 試合は淡々と進んだ。橋永、花田両投手の力投により、両チームとも四回まで無得点。
 五回表。ワンアウトから笠松にこの日二度目の打席が回ってきた。歓声がひと際高くなった。
 この打席も橋永はストレート中心の投球をしてきた。カウント1ー2からの四球目、笠松は内角高めのボール気味のストレートに手を出し、あえなく三振。観客を失望させた。
 その裏、東北マイケルズの五番バッター羽田(はた)が均衡を破る本塁打を打った。その後堰を切ったように花田を攻め立て、この回計3点を先取し、花田をKOした。3対0。試合は東北マイケルズのペースになった。
 反撃したい千葉ジャガーズ。しかし、なかなか橋永を打ち崩せない。七回表。笠松にこの日三度目の打席が回ってきた。ノーアウト、二塁。チャンスだ。3点差はあるが、攻撃はこの回を含めてあと三回。まだまだ挽回できる。セオリー通りならばここは右方向に引っ張って、ランナーを進めるバッティングをするべきだ。その辺を承知の上で、東北マイケルズバッテリーは外角中心の攻めをしてくるだろう。とすれば、その球を左方向に流すのも面白いかもしれない。ここで安打を打てばさらにチャンスが広がり、何よりも二千本安打達成ということになる。どうすべきか。
 笠松は三塁コーチのサインを見た。好きに打て、と出た。頷いた。構えた。そして、この試合での自分の役割を全うすることにした。ここはフォア・ザ・チームに徹すべきだ。
 一球目。外角のストレートを強引に引っ張った。打球は一、二塁間へ。安打か、と思われたが、セカンドが回り込んでこれを処理。一塁アウトとなった。ランナーは三塁へ進んだ。これでいい、と笠松は思った。
この後千葉ジャガーズは四球でもう一人ランナーを出したが、後続が倒れ、無得点。八回表も安打で二人ランナーを出したが、疲れが見え始めた橋永をリリーフしたセットアッパー三沢(みさわ)に抑えられ、無得点に封じられた。
八回裏、リリーフに出た千葉ジャガーズの菅本(すがもと)が打たれ、2点追加された。致命的ともいうべき失点だ。チェンジになった後、千葉ジャガーズのナインはがっかりした様子でダグアウトに帰ってきた。
5対0で、九回表を迎えた。球場は騒然となっていた。試合は大団円を迎えようとしていた。勝敗の行方は決まりかけており、注目は笠松が二千本安打を達成できるかどうかという点に絞られていた。その笠松がこの回の先頭打者として登場するのだ。
千葉ジャガーズのファンは今までにない大声を絞り出した。ビジターであったが、ホームチームファンの声援をはるかに超えていた。
笠松はいつもと変わらぬ表情で左バッターボックスに入った。この打席にすべてを賭ける。大声援を耳にして、笠松の心は熱くなった。
マウンド上には、東北マイケルズのクローザー、サウスポーの倉知(くらち)が立っていた。セーブシチュエーションでないのにもかかわらずにである。千葉ジャガーズ並びに笠松に対して、真剣勝負を挑むことで敬意を表しているのだろう。
笠松は構えた。おそらく、プロ野球選手生活最後の打席になるはずだ。感慨深いものがあったが、雑念を打ち払い、集中した。
一球目。外角低めに外れるスライダー。笠松、見送り。
「ボール」
 二球目。内角低めのストレート。これも見送り。
「ストライク」
 カウント1―1。三球目。内角低めのチェンジアップ。ワンバウンド。これも見送った。
「ボール」
 一球ごとに歓声が高まる。笠松、笠松の大コール。四球目。内角高めのストレート。笠松、強振。バットに当たった。が、バックネットへのファール。2―2。追い込まれた。次で勝負に来るか。
 五球目。外角低めのスライダー。見送った。
「ボール」
3ー2。フルカウントになった。次が本当に勝負の一球になる。恐らく、内角へのストレートだろう、と笠松は読んだ。年齢からくる衰えからか、笠松は速いストレートに差し込まれている、と相手バッテリーは感じているはずだ。そこを必ずついてくるはずだ。バットを短めに持って、コンパクトに振ろう。後は天に任すのみだ。笠松は構え直した。
勝負の六球目。倉知が投げた。内角に来た。ストレートだ。笠松は踏み込んだ。と、ボールは笠松の身体目がけてやって来る。
危ない。反射的に避けた。が、ボールは無情にも笠松の背中に命中した。倒れ込む。
「デッドボール!」
 思いがけない結果に、観客席からは大ブーイングが発せられた。立ち上がった笠松は何事もなかったかのように一塁へ歩いた。倉知は帽子を取って平謝りしている。悪気がなく、本人にとっても不本意な投球だったのだろう。
 終わった。最後の打席はデッドボールだった。惜しくも二千本安打達成ならず。それでも平然として笠松は一塁ベース上に立ち、味方のダグアウトを見た。普段なら足が遅い笠松に代走が送られるはずだ。
「代走は出さないのか?」
 笠松は自分より年下の一塁ベースコーチ坂田(さかた)に訊いた。
「そのようです」
 坂田は涙ぐんでいた。
ダグアウトに、選手交代の動きはなかった。試合終了の最後まで、その勇姿をファンに見届けさせてやろうとの配慮からか。笠松はそのまま塁に残ることになった。
 ノーアウト、一塁で、試合再開。5点差あるので、千葉ジャガーズとしては打ってつないでいくしかない。バッターは七番。ここから下位に向かっていく。反撃なるか。
 セットポジションから、倉知が投げた。七番バッター左打ちの滝(たき)がその初球を打った。快音残して、打球はライト前へ。笠松は無理せず、二塁でストップ。ノーアウト、一、二塁。観客が少し湧き立った。
 ここで監督の幸田が出てきて、次のバッターに代打弓田(ゆみた)を送る旨を主審に告げた。笠松への代走は、相変わらずない。
 その弓田は、1―2からの四球目を、レフトに打ち上げた。容易くキャッチされ、ワンアウト。幸田はその次のバッターにも代打河合(かわい)を送った。倉知はこのバッターを歩かせてくれた。ワンアウト、満塁。打順は上位に還った。
 三塁に到達した笠松は、三塁コーチの島村(しまむら)と握手する。島村は笠松と同期入団、同じ年だった。コーチ、選手の垣根を越えて、気軽に何でも話ができる相手だ。
「島村、どうして代走を送られないんだ?」
 笠松は率直に訊いた。
「雄二、もう一度おまえに回そうとしているんだ。選手も、監督もだ」
「まさか…」
「皆これまでおまえがどれほどチームのことを思ってプレーしていたか、わかっているんだよ。その恩返しをしたいと思っているんだよ」
 笠松の次の打席までは、まだ間がある。笠松は数えて六番目のバッターとなる。ワンアウトだから、その前に最低でも四人塁に出なければならない。まあ難しいだろうな、と思いながらも、笠松はいつでも本塁突入できるよう、リードを取った。
 一番バッターの山下(やました)が右バッターボックスに入った。気合が入っているのが、三塁にいる笠松にも感じられた。初球を打った。レフト前ヒット。笠松、悠々とホームイン。完封は免れた。いや、さらに満塁のチャンスが続くから、同点、逆転の芽も出てきた。
 笠松は味方のダグアウトに帰ると、異様に盛り上がっている。
「さあ、打っていこ、打っていこ」
 差し出されるチームメイトの手にタッチしながら、先ほど島村の言葉が信憑性(しんぴょうせい)のあるものであることを感じ取った。
「もう一度、何としても笠松さんに回すんだ」
 チームメイトの一人が叫んだ。他の選手たちも伝染したかのように次々に叫ぶ。思いを共有しているようだ。笠松の目頭が熱くなった。
 5対1、尚もワンアウト、満塁。一発出れば同点という痺れる局面になった。ここで二番バッター岡安(おかやす)は、二球目をセンター後方へ高々と打ち上げた。タッチアップで、三塁ランナーホームイン。5対2となったが、ツーアウト。それでも一、三塁にランナーが残った。
観客席がざわつき出した。バッターは三番棚橋(たなはし)。今日安打を二本打っていた。そしてこの打席でもセンター前へクリーンな安打を打った。三塁走者、ホームイン。5対3になった。観客席のボルテージが上がった。もしかしたら、もう一打席笠松に回るかもしれない。そうすれば、奇跡の二千本安打達成となるかもしれない。
「笠松さんまで回せ!」
球場にいる誰もが、その意思で統一されていた。敵味方関係なく。
続く四番上井も期待に応えて、ライト前へ安打を打った。ツーアウトながら、満塁と攻め寄った。
「笠松さん、絶対回しますから」
 五番バッターの井田がネクストバッターサークルに歩み寄り、笠松に興奮した口調で言った。
「楽にいけよ」
 笠松はそんな井田に言葉をかけた。打順を回して欲しいのはやまやまだが、それよりも塁上の走者を全員ホームインさせれば、この試合逆転できる。それを心から願っていた。この局面でも試合の勝利に拘っていた。現役生活最後になる試合だ。勝って終わりたかった。
 大歓声から一転、球場は静まりかえった。クライマックスに達しようとする展開を、皆固唾を飲んで見守っているようだ。
 井田が緊張した面持ちで、右バッターボックスに入った。気負っているのが見て取れた。力が入り過ぎている。楽にいけ。笠松は先ほどかけた言葉を、心の中で反芻した。
 セットポジションから、倉知が投げた。初球、二球目共に、ボール。これ以上失点を重ねたくないのか、倉知も硬くなっているようだ。今シーズン最終戦、ホーム球場での試合、ここで同点、さらに逆転までは持ち込みたくないからだろう。
 ツーボールノーストライクになって、一度井田がバッターボックスを外した。深呼吸する。ここは四球でもいい。そうすれば、一点差、なおも満塁のチャンスで笠松の打席を迎えることができる。カウントが良くなり、少し余裕が生まれた。
 三球目。外角低めのストレート。見送り。
「ストライク」
 四球目。これまた外角低めのストレート。井田、カットする。
「ファール」
 カウント2ー2。追い込まれた。しかし、次の五球目の内角高めのストレートを冷静に見送った。
「ボール」
 フルカウント。次が勝負球だ。井田がチラッと笠松の方を向いた。笠松は無言で見つめ返した。
 運命の六球目。倉知が投げる。満塁のランナーは一斉にスタート。外角高めのストレートだ。
井田、空振り。
「ストライクバッターアウト!」
 三振。試合終了。5対3で、東北マイケルズの勝利。同時に、笠松の現役生活が終わりを告げた。
 試合終了の瞬間、笠松は大きく息を吐いた。まだ終わった実感がなかった。
「すみません…」
 井田がうなだれて、戻ってきた。
「すみません、笠松さん。回せなくて…」
 ダグアウトで、井田は何度も何度も頭を下げた。他のチームメイトも肩を落としていた。
「いいんだ。前の打席まで打てなかった俺が悪いのだから」
 笠松はそう言い、井田を慰めた。
「笠松さん、このままで本当に辞めてしまうのですか?」
 チームメイトの一人が言った。
「ああ、決めたことだからな」
 笠松がきっぱりと言った。
「ここまで来て、もったいないですよ。引退を撤回して、もう一年やりましょうよ。あと一本、あと一本ですよ」
「いや、それはできない。もう決めたことだからな」
 笠松の表情は晴れ晴れとしていた。残りあと一本で引退。何となく俺らしくていい、と思った。『栄光会』に入れなかったことは残念だが、引退することに、後悔はなかった。あくまで目の前の試合にベストを尽くす。その信念を貫くことができた。最後の最後、皆がもう一度打席が回るよう奮闘してくれたことが嬉しかった。その気持ちで心は満たされていた。
 味方の応援団が陣取るライトスタンドへ、最後の挨拶に行くと、大きな拍手に包まれた。レフト側の東北マイケルズファンも拍手していた。俺は何と幸せな野球選手なのだろう。記録を達成できなくても、こんなにも多くの人間が讃えてくれている。
 この日をもって、笠松雄二はプロ野球選手を引退した。自身の涙はなく、すっきりとした笑顔で別れを告げていた。
「ある強打者がいてさ、彼はあと一本ヒットを打てず、快挙を逃したんだ。でもね……」
 いつかそんな伝説が語り継がれるに違いない。