カミさん、有難う
お前如きが厚かましい、と誹(そし)られるのは百も二百も承知だが、同じ時代の空気を吸った幾人かの、傑物との知遇を得て常日頃相見えてみたかった、と想う偉人たちがいます。
すると、その年の初夢に神様が現れ「お前の願いを三つだけ叶えてやろう」と云われました。 しばらく神様にお待ち頂いて「それではお三人の物故者に会わせて下さい」とお願いしました。
神様は「構えて、三つだけじゃぞ」と念を押されました。「はい、解りました」と応えて、頭のなかに浮かんでいた幾人かを整理し、三人に絞りました。
煌びやかなネオンサインが瞬く、どこか大阪か京都辺りのキャバレーらしい処のエントランスから、勝新太郎さんが悠然と出てこられました。千載一隅のチャンスとばかり、勝さんの前へ跳びだして土下座をしました。
「勝さん、わいをあんさんの運転手にしてくだはれ。このとおりですぅ」と、でこべ(´´´)をコンクリートの床にごんごん叩きつけて拝みたおしました。
「どうかあんさんの運転手にしてつかぁさい。お頼(たの)ん申します。わては、かぐやのお姫さんをお載せしてお月さんまで百回送迎した実績がおます。運転は誰にも負けまへん。是非とも雇うて頂きたく、心から乞い願い奉ります」と云って流れでる血糊で顔面を真っ赤に染めながら頼みつづけました。
「よおし、解った。今の運転手が辞める時がきたら、おまんに連絡してやるさかいに……」と云って、傍らの男に顎で合図をしました。 マネージャーらしい、その男の人がメモ紙を差しだして「連絡先」と云いました。
慌てて住所氏名電話番号を書いているうちに、勝さんは自家用車に乗りこんで、あっという間にいなくなりました。
涙と血糊でぐしゃぐしゃになった顔に満面の笑みを湛えて「わいもパンツ履いてまへんでぇ。運転手の声がかかるまで、しっかり三味線と歌の稽古もしときますよってに、そっちのほうの指導もよろしゅうに……」と叫んでから、車が消えて見えなくなるで頭を下げつづけていました。
次に現れたのは、警察官に手錠を掛けられて、報道陣のカメラが放つフラッシュにも顔色一つ変えない、傲然とした態度の寺山修司氏でした。
天井桟敷を主催し、数多の秀歌を詠んだ鬼才は、銭湯の暖簾を前頭部で押し分け、わざわざ手錠をかしゃかしゃこすり合わせてパトカーに乗りこんでいきました。
女風呂を覗いたということでしたが、そんな趣味があの人にあろう筈がありません。きっとわざとやったことなのでしょう。世の中が評価した己の実績など、このニュースを見聞(みきき)きして騒ぐ大衆と権威に叩きかえして薄笑いを浮かべておられるに違いないのです。
最後は高橋三千綱という、異色の芥川賞作家です。
こちらはほとんど氏の作品を読んだことがありませんでした。恐らく高橋氏は芥川賞を受賞した、他の作家たちとは全く違う歩み方をし、天衣無縫の大酒飲みながらも、寂寥感を宿した作家人生を送られたようです。文芸思潮の五十嵐勉編集長がお書きになっている高橋氏の豪放磊落な気性と無類の優しさと寂しさは、こちらの心に深く沁みました。若い小説書きたちを励まし、体制にへつらわぬ傲然とした男っぷりが際だっていたようです。 こちらも五十嵐氏からはいつも励まされアドバイスを受けつづけているので、五十嵐氏がお仲間の方々と起ちあげた作家集団【塊】に自分から進んでメンバーになったという高橋氏の、愛犬家ぶりが顕著に現れている「明日のブルドック」という文庫本を買いもとめました。
ブルドックなどという犬種は目を背けてきただけのこちらとしても、まずは読んでみるかという感じでページを捲っていくうちに、猫派人間を自認している身がすっかりあの不細工極まりない顔の犬に魅了されてしまっていたのでした。つくづく自分が元々一般良識に、どっぷり浸かっている人間なのだと想わざるを得ませんでした。
その文庫本の表紙を飾っている「ブル太郎」の姿は、表紙カバーの裏にある写真の、何とも言えない死の影が顕わになった高橋氏の顔とどこか好対称を為していて、切ないものがあります。三十代に胃の手術をして後、肝硬変から肝臓癌となり、医者から見離されても猶、しゃきっとした笑顔が、サムライ文士の面目躍如といった雰囲気を漂わせていて、俳優顔負けの男前の作家でした。
五十嵐氏は、カッコいい売れっ子作家が、なぜ売れない物書きたちの集団の仲間に入ってくれたのか。「明日のブルドック」を、なぜ自費出版してまで支援してくれたのか。それは「書く」という本道を崩さず、自ら原稿の負担金を払って書きつづけている同人誌作家へのエールでもあったのではないか、と書いておられます。
こちらとは姿形(すがたかたち)も精神も書く物も正反対の、男の本分のままに、雄壮な作家としての人生を全うして逝った高橋三千綱氏が、夢枕に立ってくださり対談できるというので、今か今かと待っているところです。 了